もう二度と行けない駄菓子の話

未だに思い出して不思議な気分になるので、誰かに聞いてほしい。


小学校4年生の夏頃だったはず、私と、親しい友人の二人でよく遊んでいた。

小学生の遊びのレパートリーは限られていて、家の前で駄弁るか、公園に行くか、駄菓子屋に行くかくらいしかなかった。もちろんそれだけで十分楽しかったが。

その日は友人の提案で駄菓子屋に行くことになった。私の近所は駄菓子屋激戦区なので、小学生が行ける範囲にだけでも5〜6軒駄菓子屋があった。その中でもよく行くスタメンの駄菓子屋(?)は3軒あり、「大通り沿いの万引きと戦っている店」と、「学校近くの飼われている犬が怖い店」と、「家の近所にの税込み価格表示の店」を気分にまかせて通った。

ちなみにこの3軒だけは今でもおばちゃんおじちゃんが営業している。どうかずっと健康で長生きしてほしい。

それはさておき、友人にどこの駄菓子屋に行くのかと聞くと、聞いたことのない店名が返ってきた。ルートは大通り沿いの店に続く道を歩いていたのでてっきりいい間違えか聞き間違えかと思ったが、着いた店は大通り沿いの店から100mほど離れた路地にあるただの民家だった。

友人はそこを「かみや」と呼んでいたが、ただの木造2階建てのボロい民家しか見当たらない。これが駄菓子屋なのか、唯一それらしい所と言えば緑とオレンジのビニール屋根くらいじゃないか、いやそれでもド民家だけども。


困惑している私に構わず友人は引き戸をひいて「ごめんくださーーい」とドカドカ入っていった。えぇ…不法侵入じゃあないのか。

「いらっしゃぁい」とおばあちゃんの声が聞こえたので恐る恐る入ると、やっぱりそこは普通の駄菓子屋ではなかった。

玄関から30cm程の高さがある床に座るおばちゃんの周りには、個包装された菓子類や低めの棚などなく、一斗缶数個と箱がいくつか並んでいた。

さらに不思議なことには、壁にメニュー表が掛かっており、柱には小学生たちのプリクラがベッタベタに貼ってあった。どういうことなんだ。なんだここは。

メニュー表には見慣れた商品名がなく、明らかにおばちゃんが付けたであろう名前しかなかった。この店のシステムがよく分からないので友人に習ってお菓子を頼んでみる。

友人が頼んだのは【〇〇〇〇梅味/ソーダ味 80円】(商品名は忘れた)
私はソーダ味にし、友人は梅味を頼んだ。

おばちゃんがニコニコしながら一斗缶を引っ張り、手にした割り箸を突っ込みグルグルし、中から出てきた水飴を箱から出した最中の皮にのせ、上から謎の粉を振りかけてこちらに渡してきた。

え、手作り………?

あんず飴のあんず抜きのようなお菓子だったがとても美味しかった。謎の粉はソーダ味のジャリジャリした砂糖であった。

お菓子が美味しかったのもあるが、オリジナルのお菓子をその場で作って売る駄菓子屋にロマンを感じた。ちょっといいぞこの店…。

食べ終わった我々は、今度は別々のお菓子を頼んだ。

友人は「梅ぺったん 30円」(トンガリ菓子に梅ジャムが乗ってる)私は「さくら大根 30円」を頼んだ。梅ぺったん美味しそうだったなぁ

さくら大根は普通50円はかかる少しお高めな商品であったため、いつも買うのに躊躇するお菓子であったがここでは30円だったのだ、買うしかないだろう。

おばちゃんが奥に引っ込み、すぐに半月切りのピンクの大根を爪楊枝に刺して持ってきた。

え……これもお手製…?

しかもおばちゃんが漬けたであろうさくら大根は、一般のよりもマイルドで素晴らしく美味しかったのだ。この時点で私はこの店のファンになっていた。

おばちゃんは
「〇〇スーパーの大根は不味いから駄目よ、△△スーパーのにしなさいな」
という情報も教えてくれた。好きだ。

横では友人が本日三個目の梅ぺったんをむしゃむしゃしていた。よく食うなぁと思いながら柱のプリクラを眺めた。同級生の盛れたプリクラを見つけて変な気分になった。

もっといろんなお菓子を食べてみたかったがお小遣いがなくなってしまったのでここで帰ることに。冒険をし終えた興奮と充実感があった。唯一プリクラを持ってこなかったことを後悔しながら店を出た。

かみやに行くタイミングがなかなか無く、次にそこへ行ったのは一年後、弟を連れてだった。

いかにその場所が素晴らしいか語りながら弟を引っ張りまたあの古い民家の前に立った。

やはり普通の民家の扉をいきなり開けるのは躊躇してしまう。ゆっくり引き戸引き、ごめんくださいとゆっくり家に入った。

中でおばあちゃんと目が合う


「……宅急便の人ですか…?」


へ?

どう見ても駄菓子屋に来た小学校高学年と低学年だろう。

しかし部屋を見渡すとメニュー表も一斗缶も何もなかった。あるのはプリクラだけだった

どこだここ

「…間違えました〜…」

弟の手を引きそそくさと家から出る。ガチで不法侵入をしてしまった。というかここは「かみや」ではなかったのか、無くなってしまったのだろうか、だとしても「もうやっていないのよ」くらいは言って欲しかった。

おばちゃんの顔もあんなではなかった気がする。もしかすると私は大きくなりすぎて駄菓子屋が見えなくなってしまったのではないか。

いろいろな感情がごちゃごちゃになっていたが、もうあの美味しいさくら大根が二度と食べられない悲しみが一番強かった。

もう私はあの駄菓子屋に二度と行けない